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『南海トラフ巨大地震・想定の整理』
南海トラフ巨大地震が発生した場合、揺れから始まり何が並行して起こるのかを考え「22分類」しました
今回は『㉒安否確認』を考えます
皆さんは『安否確認』という言葉はご存じでしょう
しかし『誰の安否確認のことでしょうか?』と問われたなら、直ちに答えることはできますか?この安否確認が定義されていないと『安否確認』の必要性が大きく違ってきます
安否確認をする以前の問題として、周囲の人にあなたの行き先を伝えているか?ということが大前提としてあります
家族単位でもそうですが『行ってきます』『ただいま』、これだけでも大きな安否確認宣言なのです
ところがプライバシーだとか個人情報だとかで「伝えたくない!」と仰る方もいる
確かにそれはそれで良いのだが、ただ何か起こったときには『助けろ!』というのは虫の良い話
『安否確認』には2つの構図『心配する側』『心配される側』がある
安否確認は『心配する側の理論』かもしれない
それはなぜかというと『心配する側』として考えてみよう
心配にならない場合を考えると『知らない人・関係性のない人』ということ
ところがテレビなどで大地震や津波・災害を見ると「この辺りの人は大丈夫かなぁ」と考える
まったく知らない人達なのにも関わらず
やはり知らない他者であろうとも、心が心配モードになる
でも、そう考えるのは全員ではない
まったく興味すら無く、心配もしない人もいるのも事実です
なぜ安否確認の必要があるのでしょうか?「安否確認は必要だろ!」とのご意見もある
そこで問いたい『誰の安否確認ですか?』
連絡が付かない人、居なくなった人、それはあなたとどのような関係にある方なのか?『人が居なくなった!』これは誰でも心配します
見つかれば、良かった良かったと思う
人として当たり前の心理
ところが大災害発生時、めまぐるしく動く中で多くの人の命の火が消えかかる状況下では、心配の優先順位を付けなければならない
どこかの知らない誰かを確認するのか?それとも近しい親しい人を確認するのか?自分にとって大切な人を確認するのか?あなたの優先順位はどうなるのだろう
この時に大切なことは、あなたはケガ等にあわずに過ごせる状態であり、他者からも安否確認の必要が無いくらいに存在確認・存在証明はできているのかということです
言い換えると自分の『位置情報の開示』はできているか?ということです
365日24時間、同じ場所に居るわけではない
前もって自分の情報がある程度オープンであり「この時間なら仕事場」「この時間なら自宅」「お買い物中」等と他者がある程度、個人の動きを把握できているかなのだ
そんな個人情報を開示する必要は無いと仰る方もあるでしょう
それはそれでも良い
だが『安否確認』となると話は変わる
名前も知らない、住所も判らない
極端に言えば『どこの誰か知らない』
これでは安否確認以前の問題ということだ
いわゆる「確認のしょうがない!」
安否確認できる『お互い様の仲間』の必要性が問われる
被災地外「大丈夫ですか?」
被災地『大丈夫ですよ』
被災地外「判りました」
被災地『ありがとうございます』
この会話、どちらが安心しているのだろうか?考えてみよう
ひょっとして「大丈夫ですか?」と尋ねる側の安心感・満足感ではないだろうか
そもそも本当に大丈夫なのかは判らない
尋ねる側の『興味』で、尋ねていることはないだろうか?これが被災地内の人から被災地内の人へならばどうだろう?被災地内での安否確認は災害がある程度収束してからでなければ、安否確認はスタートできない
まずは最優先で『自分の身を守ること』
それが終わらなければ安否確認のスタートは無謀だともいえる
阪神・淡路大震災での教訓で、揺れから15分以内に助けることのできなかった人に死者が集中している
当たり前と言えば当たり前だが、15分以内に確認でき、助けることができれば、死者数を減らすことはできるはず
ならば『安否確認』の重要性よりも『事前準備・事前啓発』ではないだろうか
やはり本来の防災の目的が遂行できれば多くの人は助かるはず
安否確認が取れた人はこれだけ!安否の判らない人はこれだけ!と集計が目的ではないはずだが、いつのまにか『集計が目的となっている』
単純に考えると何かが起これば、全員(1世帯に1人)が『何かありましたか?大丈夫ですか?お手伝いはありませんか?』と顔を見せれば、出てこない人に何かが起こっている!と判る
そのような行動には現在なっていないようです
ところが企業、仕事場となれば、これは容易なこととなっている
この違いを確認できれば、短時間でより多くの人の命を救えるのではないでしょうか
『地域・職場・家庭』
地域ではできないのに職場ではできる
地域ではやらないのに家庭ではやる
何がそのようにさせるのか?関係性の問題かも知れない
職場の場合は、法的なことが絡み合うこと以上に賃金・給与がある仕事のひとつだからです
職場では消防訓練も当たり前にやる
誰の為に?お客様の為?自分の為?答は人それぞれ
しかし『やっている!』のは間違いない事実です
では地域や家庭となるとどうでしょう?地域では何故やらないのか?きっと優先順位に問題があるのではと考えます
安否確認がゴールではないことはお判りだと思うが、『安』ならば良いが、『否』の場合はどうするのか?『安』の人を探し『否の人を探す仲間』を増やすことが安否確認を少しでも早くできるコツ
安否確認は『安』の人が申告するシステムがあれば、素晴らしく速い安否確認が可能となる
しかし多くの人は安否確認を待つ!玄関を開けて『我が家は大丈夫』と申告する人は少ない
我がマンションでは申告システムを作った
玄関ドアに貼り付けるものだ
これも安否確認をよりスムーズにするシステムだが、貼り付けない人は多いとも考えられます
だが『傷病者あり』を貼り出したなら、いち早く駆けつけることはできる
やはり申告システムが功をなすことは間違いない
やはり『安否』ではなく、命を助けることを目的としていると考えれば、名簿作成の安否確認ではなく『向こう三軒両隣』の単位で命の確認をすることが、過去の災害教訓からも教えられたものであることは間違いない
ならば防災訓練で『安否確認訓練』をするなら『向こう三軒両隣』のインターホンを鳴らして『大丈夫?』と確認する訓練も有意義ではないだろうか?ひょっとするとクレームをいう人もいるでしょう
安否確認をするのは当たり前
人道的には、他人の命が危ういという目の前の出来事を放置できないのは大半の人
でも『放っておいてくれ!』という人の場合どうだろう?地域の中では避けて通れない話
『放っておいてくれ!』の言葉を吐き出す人は皆同じタイプの人ばかりではない、地域や周囲に関わらず孤独に近い人の『放っておいてくれ!』
地域や防災活動に否定的で尚且つコミュニケーションが取れない人の『放っておいてくれ!』
忙しくて地域や周囲と関われない人の『放っておいてくれ!』等々
様々な『放っておいてくれ!』がある
これらの人にもしもの事が発生した場合、周囲の人はどう対応すれば良いのだろうか?「助けるのは当たり前だろう!」という方も多いでしょう
だが本当に「放っておけば」という人もいらっしゃる
このように地域防災では本当に判断に困ることが存在する
『安否確認は15分以内が基本』これは過去の地震災害からの教訓
ならば15分以内に確認する人は誰から?と考えると『放っておいてくれ!』の人は後回しにせざるを得ない
なぜか?確認に行って『放っておいてくれと言っただろう!』のこの数分が勿体ない
『安否確認は関わりの順番』これは譲れないタイムライン
綺麗事では済まされない地域防災
悩みの種は多い
しかしながら『人それぞれ』の対応を考えるしか方法はないだろうか?

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