トリアージシステムの導入

【トリアージとは】
災害時の救急救命の現場では、限られた医療スタッフや医薬品等の医療機能を最大限に活用して、可能なかぎり多数の傷病者の治療にあたることが必要です。トリアージ(triage)とは、医療機能が制約される中で、一人でも多くの傷病者に対して最善の治療を行うため、その緊急度や重傷度によって、治療や後方搬送の優先順位を決めることです。

【トリアージの必要性】
災害時の混乱している中で、トリアージを行わず通常と同じように受付け順で治療を行った場合、重症者が長時間放置されたり、最重症者から治療を始めた場合には、その治療だけで貴重な医療スタッフ、医薬品等が使われてしまい、確実に救命可能なほかの重症者の治療ができなくなるといったことも考えられます。

こうした問題を解決するためには、救命の可能性が非常に低い者よりも、治療によって救命できる可能性の高い者から順に救護・搬送・治療にあたることが必要となり、その優先順位決定作業であるトリアージが必要となります。

【トリアージの原則】
大量の傷病者が発生する大規模災害等の現場においては、簡単な処置で対応の出来る軽傷者と既に死亡している傷病者を除外し、緊急搬送治療が直ちに必要な傷病者と、様態は落ちついているが注意の必要な中等症患者を選別し、その搬送順位や搬送医療機関を決定します。

また、災害現場でのトリアージは1回だけでは不十分です。傷病者の様態はもとより、現場での医療スタッフ・医療器具・医薬品の状態、搬送先の医療機関の状態も、刻々と変化するわけですから、そういった変化に対応するためにも、何度もトリアージを行うことが必要です。

トリアージの実施に際しては、原則として一人の人物(トリアージ・オフィサーと呼びます)が一人で行うことが必要です。そうすることで、現場での混乱を避け、より効率的に治療・搬送することが可能になります。この時、トリアージ・オフィサーは必ずしも医師である必要はありません。トリアージの意味を性格に理解していれば、救急隊長・救急救命士・婦長・主任看護婦などでも可能です。ただし、トリアージオフィサーはトリアージ作業に専念し、原則として治療にはあたらないことが必要です。

【トリアージの実施基準】
傷病の緊急度や重傷度に応じ、次の4段階に区別します。

優先順位
分 類
識別職
傷病状態および病態
第1順位 最優先治療群
(重症群)
赤(I)
命を救うため、直ちに処置を必要とするもの。窒息、多量の出血、ショックの危険性のあるものなど。
第2順位 待機的治療群
(中等症群)
黄(II)
多少治療の時間が遅れても、生命に危険がないもの。基本的にバイタルサインが安定しているもの。
第3順位 保留群
(軽症群)
緑(III)
上記以外の軽微な傷病で、ほとんど専門医の治療を必要としないもの。
第4順位 死亡群

黒(0)
既に死亡しているもの又は明らかに即死状態で、心肺蘇生を施しても蘇生の可能性のないもの。

 

ニューヨーク州の災害対策マニュアルにある災害現場におけるトリアージのチャートをによれば、分類ごとの症状は次のとおりです。

 

第1順位 気道閉塞または呼吸困難、重症熱傷、心外傷大出血または止血困難、解放性胸部外傷、ショック
第2順位 熱傷、多発または大骨折、脊髄損傷、合併症のない頭部外傷
第3順位 小骨折、外傷、小範囲熱傷、(体表面積の10%以内で)気道熱傷を含まないもの、精神症状を呈するもの
第4順位 死亡または明らかに生存の可能性がないもの

【災害現場でのトリアージ】
災害現場では、救急隊員(救急救命士)が最初に到着する場合が多く、初動段階でのトリアージは、彼らが行うケースが多くなります。その後、医師が現場に到着すればその医師にリーダーシップを委ね、看護婦・士が、医師の指示によってトリアージに協力し、救急隊員は搬送に専念することが求められます。

災害現場で重症患者に対して行われる医療行為は、呼吸管理・圧迫止血など非常に限られている事が多く、応急救命処置の必要な患者の選別と、どの患者の搬送を最優先するのかを判断することがトリアージの目標となります。

と同時に、地域医療施設の受け入れ能力に関する情報が必要となります。
通常、消防機関では傷病別の受入可能な地域医療施設の情報を持っていますので、これを基準にして、どの施設に搬送するかを決定しなければなりません。

【医療施設でのトリアージ】
災害発生時に患者の集中が予想される医療施設においては、平時からトリアージ・オフィサーを決めておく必要があります。通常医師が担当しますがトリアージ・オフィサー不在時の代理者も必要ですし、また、検査中などに患者の様態が急変することもありあえますので、患者に付きそう看護婦などによる継続的なトリアージ必要です。
また、広域な災害時には、搬送されてくる患者だけでなく、一般外来に独自で訪れる患者もおり、このような患者に対するトリアージも必要となるため、スタッフへのトリアージの知識と理解が求められます。

この際、トリアージ・オフィサーは、患者の数、傷病状態・種類などから患者全体の治療のニーズを迅速に把握し、それに基づいて、その医療施設でどの程度の患者を、何人くらいまで診療を行うことが可能か、診療不可能な場合にどの後方医療施設に転送するのかについて迅速に判断する必要があります。

そのためにも、医療スタッフ・事務スタッフと綿密な連携をとり、非常時の召集可能なスタッフ人員数や、災害傷病者用病床数、医療器具、医薬品について把握すると共に、ライフラインの確保、後方医療施設や地方自治体への連絡方法などについても確立しておく必要があります。

【後方医療施設でのトリアージ】
後方医療施設では、患者搬入時に再度トリアージを行い治療を開始します。
この場合、搬出医療施設から患者情報があらかじめ得られていることが望ましく、トリアージ用タッグを「簡易カルテ」として使用することが有効です。
特に、後方搬送される傷病者の中には、特殊な治療法や専門医による対応が必要な場合が多く、各専門科からの応援態勢を確立しておくことが必要です。万が一、そうした情報が入手されていないときは、患者が搬入された後に迅速に特殊治療の適応について判断を行い、必要に応じて、適切な医療施設への再転送を行うことも必要になります。そのため、平時から特殊医療の行える施設を選定し、その転送をスムーズに行えるようにする必要があります。
もちろん、この転送の際も、患者状態の悪化に対応できるように注意を払うことが必要です。

このように、災害現場から最終的な治療施設に至る過程の中で、トリアージは繰り返し行われる必要があります。そのため、トリアージに携わる人員への教育は不可欠で、医療機関はもとより、救急・自治体などの理解と連携によって尊い命が救われるのです